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イタリア人とパンの、ちょうどいい距離感
イタリアパン屋見習いシリーズ 第2弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。第2弾として、前回の続きをお届けしたい。 朝5時半。まだ真っ暗な工房に着く。街は静かなのに、パン屋だけはもう一日が始まっていた。 仕込みを進めているうちに、朝7時オープンのはずなのに、6時台から続々とお客さんがやって来る。「まだ開いてないのでは?」と思っていると、「お客さんが来る時間が開店時間だよ」と言って、普通に対応し始めた。イタリアのパン屋さんは、営業時間よりも「街の生活リズム」で動いている。 しかも、お客さんはみんな注文に迷わない。 私からすれば、イタリアのシンプルな食事パンはどれもよく似て見える。でも常連さんたちは、自分のお目当
読了時間: 5分


ISSUE VOL.3 カカオから考える、生物文化多様性とサステナビリティー
Gastronomy is not Haute Cuisine 毎年2月になると、日本の百貨店は世界中のチョコレートで埋め尽くされる。バレンタイン催事に長蛇の列ができ、人々は希少なブランドやショコラティエの物語に惹かれ、一粒に惜しみなくお金を払う。パリやブリュッセルでは宝石のようなボンボンショコラが並び、アメリカでは巨大企業がテーマパークを運営するなど、チョコレートは世界各地で特別な文化的価値をまとっている。 スイスの高級チョコレートのボックス。「どれにしようか」と選ぶのにワクワクする。 一方で、カカオ生産における森林破壊や労働問題が取り上げられるようになり、近年のBean to Bar運動は、生産地や品種、発酵方法、生産者との関係性へと消費者の視線を向け直してきた。これは、均質な工業製品としてチョコレートを消費してきた時代からの大きな転換である。 しかしそれでもなお、私たちはあまりにも多くの選択肢に囲まれている。商品に関する情報は増え続ける一方で、結局は話題性や評判、パッケージを手がかりに商品を選ぶことも少なくない。...
読了時間: 7分


生ものに対する価値観
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラに到着して早々、大家さんが「この街名物のSalsiccia di Bra(生肉のソーセージ)を食べないと!」と言って、お肉屋さんに連れて行ってくれた。 カウンターの向こうのお肉屋さんは、快く味見をさせてくれた。日本にいた頃、生肉の独特な「ぐにゃっとむにょっと」した食感に苦手意識を覚えていた私は、少し身構えながら口に入れた。 心底驚いた。美味しい!! 柔らかくてなめらかで、でも少しだけ食感が残っている。その口当たりは、日本のネギトロを思い出させた。ほんのり甘い!!スパイスの独特な鼻に抜ける香りも、とても好みだ。 一口食べて衝撃を受ける私の表情 イタリアのプロシュートやサラミなどの加工肉文化では、古くから豚肉が使われてきた。 しかし、ブラ周辺はピエモンテ牛(ファッソーナ牛)の産地として知られ、高品質な牛肉文化が根付いていた。中世から近世にかけて、近隣のケラスコという街にはユダヤ人共同体があり、宗教上の理由から豚肉を食べられない人々がい
読了時間: 4分


100年続くパン職人の仕事
イタリアパン屋見習いシリーズ 第1弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。今回はそれを、3回にわたる連載形式でお届けしたい。 1, 「地域の炭水化物インフラ」を担うイタリアのパン屋さん まず驚いたのは、「こんなに色々作っているんだ!」ということだった。 毎朝、町のバールにコルネットや食事パンを配達する。週に数回は、ホテル向けのミニサイズのコルネットや名入りクッキーを作り、近郊のワイナリー向けにもパンを卸す。さらに、町の人気ハンバーガーショップ用のロゴ入りバンズまで焼いている。イタリアの町のパン屋さんが、こんなにもBtoBの仕事をしていることに驚いた。 植物炭の黒いハンバーガーバンズを焼いている様子...
読了時間: 7分


ガストロノミーは、高級料理のことではない。
Issue Vol. 2 —都市のフードシステムと「つながり」の喪失 1. 商品化される食と、人間的なつながりの喪失 食は「人権」であり、誰もが尊厳をもってアクセスできるべきものである。 しかし現代社会において、食は単なる「商品」として扱われている。 かつては、おばあちゃんや地域の人たちから、日々の暮らしの中で自然に受け継がれていた生活の知恵があった。旬の食材の美味しい食べ方、保存の仕方、食材を無駄にしない方法、そしてその日にあったことを話しながら夕飯を一緒に食べることの大切さ。 食は単なる栄養補給ではない。 人との関係を作り、文化を世代を超えて受け継ぎ、地域や季節を感じるための媒介でもある。つまり食は本来、社会全体で支えるべき、多面的で公共的な性質を持っている。 出典:Vivero-Pol(2017)をもとに、授業資料より再構成 しかし新自由主義の下では、食は「どれだけ利益を生み出せるか」という尺度で語られるようになり、本来共有されていた知識や営みは、お金を支払ってサービスや商品として購入するものへと変化していった。質の高い食へのアクセスは
読了時間: 7分


なぜ今、私たちは再び「酸味」を求めているのか。
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY 菌の世界は、ある意味とてもシンプルだ。 微生物もまた、私たちと同じように「食べて」いる。糖を食べて、身体を動かすためのエネルギーへ変換する。そして私たち人間は、その代謝の副産物を食べているのである。イタリアで暮らし始めてから、私はそんな微生物の世界を以前より強く意識するようになった。 乳酸菌。ミルクに含まれる乳糖を食べて、乳酸をつくる。得意技は凝固で、牛乳のタンパク質を、自分の作った酸の力でキュッと固めること。 ある日、エクアドル出身のクラスメイトに、スーパーで売っている牛乳と少量のヨーグルトから簡単にヨーグルトを増やせると教わった。しかも彼女は、牛乳やヤギミルク、ギリシャヨーグルトを組み合わせて、自分好みの味にしているらしい。 一見簡単そうだったので、私もやってみた。しかし見事に失敗した。原因は、牛乳を温めすぎてしまったことだった。彼女は「鍋に指を入れても何も感じないくらい」、つまり人肌程度が理想だと言っていたのに、その時の私は菌が活動で
読了時間: 6分


'その土地を食べる':エミリア・ロマーニャ
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY エミリア・ロマーニャ州の州都・ボローニャ。 とにかく美味しくてカロリーの高い食べ物が多いことから「La Grassa(肥満の街)」、西洋最古の大学があることから「La Dotta(学識ある街)」、そして街全体がテラコッタの赤色で統一されていることから「La Rossa(赤の街)」と呼ばれている。ポルティコが続く街並みや道の中心を走るトラムの風景が印象的。一本細い小道に入るとたくさんの可愛いトラットリアがあり、歩いているだけでテンションが上がる。食の都と呼ばれる理由もすぐに実感できる。 しかし、この街の魅力は単に「美味しいものが多い」ことではない。 なぜこれほどまでに豊かで重厚な食文化が成立したのか。 その背景には、地理・気候・物流・知の集積といった複数の要素が重なっている。 食科学大学での校外学習と、友人に会うために二度この街を訪れる中で、私はこの問いに強く惹かれた。ラグー・ボロネーゼ、ラザニア、トルテッリーニ、ニョッコフリットといっ
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食育:日本の学校給食を考える
Lost in Translation: Life of a Japanese Girl in Italy はじめに:「食育」という概念 「日本には『Shokuiku』があるよね!?」 ある日台湾のクラスメイトにそう言われ、私は驚きました。日本の「食育」という言葉が、海外でも注目され、共通言語になりつつあるとは知らなかったからです。 2005年に施行された「食育基本法」。正直に言えば、日本で育った私にとって、それが何を指しているのか今いち掴めていませんでした。 現在、私はイタリアで生活しています。最近、多国籍なクラスメイトとのグループプロジェクトをきっかけに、日本の学校給食制度を改めて見直しました。そしてそれこそが、究極の「身体で覚える教育」であったことに気づきました。 1. 「自校調理」というハード✖️「人の温かさ」というソフト 日本の給食の大きな魅力は、多くの学校が校内に調理室を備えている「自校調理方式」にあります。授業中には、廊下に漂う香りや音が子どもたちの五感を刺激し、自然と食への関心を引き出します。 また、日本では「栄養教諭」
読了時間: 8分


ブロッコリーの旬:始まりと終わり
Lost in Translation: Life of a Japanese Girl in Italy 2026年3月、私はイタリア・ピエモンテ州にあるブラ(Bra)という小さな町にやってきました。「Slow Food」発祥の地として知られるこの場所で、私は食科学大学(UNISG)の大学院生として「フード・コミュニケーション&マーケティング」を学んでいます。授業や日々の生活での気づきを、毎週の日記のような形で綴っていければと思います。 1,ブロッコリーの旬 ブラの町で私が既に大好きになったものの一つに、週に3回、町のあちこちで開かれる「メルカート(市場)」があります。イタリアに来て間もない3月、市場で農家さんに「今、何が旬で美味しいですか?」と尋ねてみました。 答えはシンプルでした。「ブロッコリーだよ」。 彼女はそれでパスタを作ることを勧めてくれました。 私は少し驚きました。 東京で生まれ育った私は、ブロッコリーの旬を意識したことがなかったからです。私にとってブロッコリーは、一年中スーパーに並んでいる野菜で、言ってみれば学校のお弁当に
読了時間: 5分
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