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ニュース


風味豊かで持続可能な未来創業者のビジョン
アンドレア・ラスカとのこの対談の 中心で、彼は食の未来とMoMの使命の原動力について独自の見解を語っている。彼は雑音を断ち切り、どうすれば私たちが真の変化を起こせるかについて、単刀直入に核心を突いている。 1.生涯の情熱」という言葉をよく耳にしますが、情熱が真空の中で生まれ...
読了時間: 6分


Issue Vol. 5 —変わりながら、残るもの——イタリアで過ごした夏に考えたこと
Gastronomy is Not About Haute Cuisine Made in Italyは、「ブランディング上手」のことなのか 留学に来る前、私は「イタリアは小さな街から世界に向けて直接ビジネスをし、Made in Italyというブランド化に成功している」「ブランディングが苦手な日本は見習うべきだ」といった話を、日本の記事でよく目にしていた。でも、実際にここで暮らし、メーカーで働いてみると、「イタリア人はブランディングが上手」という、そんな簡単な話ではなかった。 1. 「ローカルをグローバルにする力」ではなく、「ローカルをローカルのまま、ものすごく厚くする力」 私が驚いたのは、ちょっと変!とも言えるレベルで、ローカルで固有なものを、狭いままずっと掘り続けていることだった。 この夏、私はインターン先のマントヴァを拠点に、北イタリアのいろんな街へ日帰りで出かけることを楽しんでいた。同じ詰め物パスタでも、具の量や丸め方、材料が一つ違うとか、本当に小さな差があって、彼らは街ごとにそれぞれ名前をつけて、「自分たちの方が隣の街より優れている」
読了時間: 10分


マントヴァの水辺で考えた、食と伝統
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY 8月のイタリアで、最も存在感の大きい日の一つが、8月15日のFerragosto(フェッラゴスト)である。その名前は、古代ローマ時代に初代皇帝アウグストゥスが設けた休息の期間 Feriae Augusti に由来する。その後、キリスト教の暦では8月15日が聖母マリアの被昇天を祝う日となり、現在ではイタリアの夏休みのピークでもある。日本のお盆の時期とも重なり、多くの店が閉まり、人々は海や山に行ったり、友人や家族と食事をしたりして過ごす。街全体が「バカンス」という雰囲気になる。 そんなFerragosto前日の14日、私はインターン先の先輩に勧められて、マントヴァ近郊の小さな町Grazie di Curtatone(グラツィエ・ディ・クルタトーネ)で開かれる「Antichissima Fiera delle Grazie」というお祭りへ向かった。 向かう途中に立ち寄ったバールで、耳寄りな情報を手にした。 「明日15日の朝7時に、熱々のコテキーノ
読了時間: 8分


その土地を食べる:「重なり」としてマントヴァを食べる
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY マントヴァという北イタリアの街で、夏の一ヶ月間インターンをする機会を得た。この街で一番好きな景色は、滞在している家から中心部へ向かう途中、サン・ジョルジョ橋(Ponte di San Giorgio)から見る風景だった。 サン・ジョルジョ橋に差しかかると、それまで続いていた陸の世界が途切れて、視界の両側が湖に囲まれる。その向こうに、水に浮かぶような街が現れる。低く広がる水面の先に宮殿や城、教会の輪郭が見えるのが、まるで映画のワンシーンのようで、何度通っても見惚れてしまう。 私がマントヴァを面白いと思う理由 ① 古代から都市が継ぎ足されてきた マントヴァを歩いていると、大きな広場や道が何度も現れ、街の中心が一か所ではなく、いくつもに分かれているような感覚がある。実際、マントヴァは古い街をすべて消して作り直したのではなく、前の時代の都市の上に、次の時代が描き足されながら外側へと広がっていった。だから歩いていると、違う時代が同じ街の中に重なって
読了時間: 8分


Issue Vol. 4 — 「Japanese」という言葉を考える〜生きている日本文化とは何か〜
Gastronomy is Not About Haute Cuisine ヨーロッパで暮らすようになってから、「Japanese」という言葉の使われ方について考えるようになった。日本人が営む日本料理店や抹茶カフェへ行くと、「IKIGAI」「ZEN」「DO」「WABI-SABI」といった言葉を目にすることが多い。日本らしい器や空間、美しく整えられたインテリアとともに、それらは一つの「Japanese」という世界観として提示されている。 しかし、その光景を見るたびに、どこか引っかかるものがある。そこには日本を象徴する言葉は並んでいる。しかし、それらがどのような暮らしの中から生まれ、どのように今も生きているのかという文脈は見えにくい。おそらく、それは私自身が「禅」や「侘び寂び」を意識して生きてきたわけではないからだと思う。日本文化は展示される概念ではなく、今も日常の中で繰り返されている生活そのものではないだろうか。 海外では、「日本人は何教なのか」と尋ねられることがある。以前の私は、「特に宗教はない」と答えていた。しかし、日本の歴史を学び直すなかで、
読了時間: 5分


「カレー」が辿ってきた道
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY 「インドには“curry”という料理はないんだよ。」 インド出身の友人がそう言った。その意味がすぐには理解できず、それまでカレーはインドの国民料理だと信じて疑わなかった私は、混乱してしまった。 南インド(タミル・ナードゥ州)出身の友人が作ってくれた、お母さんのフィッシュカレー! 日本人にとってカレーは、唐揚げやハンバーグと並ぶ、子供から大人まで好きな家庭料理である。「今日はカレー」と言えば、誰もが同じようなあの料理を思い浮かべる。 しかし彼女にとっては、「カレー」という一つの料理が存在すること自体が不思議なのだという。インドには、地域ごとに異なる名前を持ち、異なるスパイスを使う料理があり、調理法もさまざまだ。つまり、インドには、日本のカレーライスのように一定の姿を持った「カレー」という単一の料理があるわけではない。私たちが「カレー」と呼んでいるものは、多様な料理を外側からひとまとめにした呼び名でもあるのだ。 数日後、今度はマレーシア出身の友
読了時間: 6分
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