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Issue Vol. 5 —変わりながら、残るもの——イタリアで過ごした夏に考えたこと
Gastronomy is Not About Haute Cuisine Made in Italyは、「ブランディング上手」のことなのか 留学に来る前、私は「イタリアは小さな街から世界に向けて直接ビジネスをし、Made in Italyというブランド化に成功している」「ブランディングが苦手な日本は見習うべきだ」といった話を、日本の記事でよく目にしていた。でも、実際にここで暮らし、メーカーで働いてみると、「イタリア人はブランディングが上手」という、そんな簡単な話ではなかった。 1. 「ローカルをグローバルにする力」ではなく、「ローカルをローカルのまま、ものすごく厚くする力」 私が驚いたのは、ちょっと変!とも言えるレベルで、ローカルで固有なものを、狭いままずっと掘り続けていることだった。 この夏、私はインターン先のマントヴァを拠点に、北イタリアのいろんな街へ日帰りで出かけることを楽しんでいた。同じ詰め物パスタでも、具の量や丸め方、材料が一つ違うとか、本当に小さな差があって、彼らは街ごとにそれぞれ名前をつけて、「自分たちの方が隣の街より優れている」
読了時間: 10分


マントヴァの水辺で考えた、食と伝統
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY 8月のイタリアで、最も存在感の大きい日の一つが、8月15日のFerragosto(フェッラゴスト)である。その名前は、古代ローマ時代に初代皇帝アウグストゥスが設けた休息の期間 Feriae Augusti に由来する。その後、キリスト教の暦では8月15日が聖母マリアの被昇天を祝う日となり、現在ではイタリアの夏休みのピークでもある。日本のお盆の時期とも重なり、多くの店が閉まり、人々は海や山に行ったり、友人や家族と食事をしたりして過ごす。街全体が「バカンス」という雰囲気になる。 そんなFerragosto前日の14日、私はインターン先の先輩に勧められて、マントヴァ近郊の小さな町Grazie di Curtatone(グラツィエ・ディ・クルタトーネ)で開かれる「Antichissima Fiera delle Grazie」というお祭りへ向かった。 向かう途中に立ち寄ったバールで、耳寄りな情報を手にした。 「明日15日の朝7時に、熱々のコテキーノ
読了時間: 8分


その土地を食べる:「重なり」としてマントヴァを食べる
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY マントヴァという北イタリアの街で、夏の一ヶ月間インターンをする機会を得た。この街で一番好きな景色は、滞在している家から中心部へ向かう途中、サン・ジョルジョ橋(Ponte di San Giorgio)から見る風景だった。 サン・ジョルジョ橋に差しかかると、それまで続いていた陸の世界が途切れて、視界の両側が湖に囲まれる。その向こうに、水に浮かぶような街が現れる。低く広がる水面の先に宮殿や城、教会の輪郭が見えるのが、まるで映画のワンシーンのようで、何度通っても見惚れてしまう。 私がマントヴァを面白いと思う理由 ① 古代から都市が継ぎ足されてきた マントヴァを歩いていると、大きな広場や道が何度も現れ、街の中心が一か所ではなく、いくつもに分かれているような感覚がある。実際、マントヴァは古い街をすべて消して作り直したのではなく、前の時代の都市の上に、次の時代が描き足されながら外側へと広がっていった。だから歩いていると、違う時代が同じ街の中に重なって
読了時間: 8分


イタリア人とパンの、ちょうどいい距離感
イタリアパン屋見習いシリーズ 第2弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。第2弾として、前回の続きをお届けしたい。 朝5時半。まだ真っ暗な工房に着く。街は静かなのに、パン屋だけはもう一日が始まっていた。 仕込みを進めているうちに、朝7時オープンのはずなのに、6時台から続々とお客さんがやって来る。「まだ開いてないのでは?」と思っていると、「お客さんが来る時間が開店時間だよ」と言って、普通に対応し始めた。イタリアのパン屋さんは、営業時間よりも「街の生活リズム」で動いている。 しかも、お客さんはみんな注文に迷わない。 私からすれば、イタリアのシンプルな食事パンはどれもよく似て見える。でも常連さんたちは、自分のお目当
読了時間: 5分


100年続くパン職人の仕事
イタリアパン屋見習いシリーズ 第1弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。今回はそれを、3回にわたる連載形式でお届けしたい。 1, 「地域の炭水化物インフラ」を担うイタリアのパン屋さん まず驚いたのは、「こんなに色々作っているんだ!」ということだった。 毎朝、町のバールにコルネットや食事パンを配達する。週に数回は、ホテル向けのミニサイズのコルネットや名入りクッキーを作り、近郊のワイナリー向けにもパンを卸す。さらに、町の人気ハンバーガーショップ用のロゴ入りバンズまで焼いている。イタリアの町のパン屋さんが、こんなにもBtoBの仕事をしていることに驚いた。 植物炭の黒いハンバーガーバンズを焼いている様子...
読了時間: 7分


ガストロノミーは、高級料理のことではない。
Issue Vol. 2 —都市のフードシステムと「つながり」の喪失 1. 商品化される食と、人間的なつながりの喪失 食は「人権」であり、誰もが尊厳をもってアクセスできるべきものである。 しかし現代社会において、食は単なる「商品」として扱われている。 かつては、おばあちゃんや地域の人たちから、日々の暮らしの中で自然に受け継がれていた生活の知恵があった。旬の食材の美味しい食べ方、保存の仕方、食材を無駄にしない方法、そしてその日にあったことを話しながら夕飯を一緒に食べることの大切さ。 食は単なる栄養補給ではない。 人との関係を作り、文化を世代を超えて受け継ぎ、地域や季節を感じるための媒介でもある。つまり食は本来、社会全体で支えるべき、多面的で公共的な性質を持っている。 出典:Vivero-Pol(2017)をもとに、授業資料より再構成 しかし新自由主義の下では、食は「どれだけ利益を生み出せるか」という尺度で語られるようになり、本来共有されていた知識や営みは、お金を支払ってサービスや商品として購入するものへと変化していった。質の高い食へのアクセスは
読了時間: 7分
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