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イタリア人とパンの、ちょうどいい距離感
イタリアパン屋見習いシリーズ 第2弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。第2弾として、前回の続きをお届けしたい。 朝5時半。まだ真っ暗な工房に着く。街は静かなのに、パン屋だけはもう一日が始まっていた。 仕込みを進めているうちに、朝7時オープンのはずなのに、6時台から続々とお客さんがやって来る。「まだ開いてないのでは?」と思っていると、「お客さんが来る時間が開店時間だよ」と言って、普通に対応し始めた。イタリアのパン屋さんは、営業時間よりも「街の生活リズム」で動いている。 しかも、お客さんはみんな注文に迷わない。 私からすれば、イタリアのシンプルな食事パンはどれもよく似て見える。でも常連さんたちは、自分のお目当
読了時間: 5分


100年続くパン職人の仕事
イタリアパン屋見習いシリーズ 第1弾 LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY ブラの町のパン屋さんに分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想をもらいに翌日改めて訪ねた。それをきっかけに、数回にわたって見習いをすることになった。イタリアの「Forno(パン屋さん)」という場所で見た風景について、いくつか気づいたことがある。今回はそれを、3回にわたる連載形式でお届けしたい。 1, 「地域の炭水化物インフラ」を担うイタリアのパン屋さん まず驚いたのは、「こんなに色々作っているんだ!」ということだった。 毎朝、町のバールにコルネットや食事パンを配達する。週に数回は、ホテル向けのミニサイズのコルネットや名入りクッキーを作り、近郊のワイナリー向けにもパンを卸す。さらに、町の人気ハンバーガーショップ用のロゴ入りバンズまで焼いている。イタリアの町のパン屋さんが、こんなにもBtoBの仕事をしていることに驚いた。 植物炭の黒いハンバーガーバンズを焼いている様子...
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ガストロノミーは、高級料理のことではない。
Issue Vol. 2 —都市のフードシステムと「つながり」の喪失 1. 商品化される食と、人間的なつながりの喪失 食は「人権」であり、誰もが尊厳をもってアクセスできるべきものである。 しかし現代社会において、食は単なる「商品」として扱われている。 かつては、おばあちゃんや地域の人たちから、日々の暮らしの中で自然に受け継がれていた生活の知恵があった。旬の食材の美味しい食べ方、保存の仕方、食材を無駄にしない方法、そしてその日にあったことを話しながら夕飯を一緒に食べることの大切さ。 食は単なる栄養補給ではない。 人との関係を作り、文化を世代を超えて受け継ぎ、地域や季節を感じるための媒介でもある。つまり食は本来、社会全体で支えるべき、多面的で公共的な性質を持っている。 出典:Vivero-Pol(2017)をもとに、授業資料より再構成 しかし新自由主義の下では、食は「どれだけ利益を生み出せるか」という尺度で語られるようになり、本来共有されていた知識や営みは、お金を支払ってサービスや商品として購入するものへと変化していった。質の高い食へのアクセスは
読了時間: 7分
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