Issue Vol. 5 —変わりながら、残るもの——イタリアで過ごした夏に考えたこと
Gastronomy is Not About Haute Cuisine
Made in Italyは、「ブランディング上手」のことなのか
留学に来る前、私は「イタリアは小さな街から世界に向けて直接ビジネスをし、Made in Italyというブランド化に成功している」「ブランディングが苦手な日本は見習うべきだ」といった話を、日本の記事でよく目にしていた。でも、実際にここで暮らし、メーカーで働いてみると、「イタリア人はブランディングが上手」という、そんな簡単な話ではなかった。
1. 「ローカルをグローバルにする力」ではなく、「ローカルをローカルのまま、ものすごく厚くする力」
私が驚いたのは、ちょっと変!とも言えるレベルで、ローカルで固有なものを、狭いままずっと掘り続けていることだった。
この夏、私はインターン先のマントヴァを拠点に、北イタリアのいろんな街へ日帰りで出かけることを楽しんでいた。同じ詰め物パスタでも、具の量や丸め方、材料が一つ違うとか、本当に小さな差があって、彼らは街ごとにそれぞれ名前をつけて、「自分たちの方が隣の街より優れている」って本気で思っている。
しかもそれは、自分たちに「誇りを持っている」くらいのレベルじゃなくて、ちょっと挑発的なレベルだ。実際、私がInstagramのストーリーに食べたものをあげると、イタリア人の友達から「わあ、いいね!でも俺らのやつの方が美味しいよ!」と明るくDMが来る。笑 こういう熱量と当事者性が、シェフとか、特別にグルメな人とか、そういう食に関わる人だけのものではなく、普通の人たちにもある。 ポイントは、この「わかりやすくしない」ことなんだと思う。興味がなかったら、好きじゃなかったら、きっと気づかないレベル。「一緒じゃーん」って言って笑い飛ばしてしまえば済むような、小さな差。でも、愛着が物の解像度を上げて、違いを見分けられるようにしてくれる。そして、その小さな差が「文化の単位」になっていく。他の人から見れば「癖強いなあ!」と思うようなものが、次第に唯一無二のブランドになっていく。
だからきっと、ブランディングって、「あなたの会社/地域の魅力はなんですか?」と聞くところから始まるというより、
「競合/隣町と一緒にされたら、何について腹が立ちますか?」
っていうところから始まるんじゃないかな、と思った。「いやいや、全然違うでしょ。だって〇〇だから〜」の後に出てくるものが、本当に大切なものなんだと思う。外から見て差別化するために違いをつくるのではなく、最初にあるのは「譲れなさ」なのだ。
2. 「違い」そのものより、「違いを再生産する仕組み」
そしてイタリア人は、その「譲れなさ」を個人の愛着だけで終わらせず、社会の中で残していくための仕組みづくりがガチなんだ。
パルミジャーノ・レッジャーノように世界中で知られるものには、DOPという細かなルールがある。もちろん、それは私も知っていた。一方で、今回の滞在で初めて知ったのは、もっと小さな自治体の習慣や食べ物にまで、De.Co.(自治体が、その土地と深く結びついた産品や伝統を認定する仕組み)や、PAT(Prodotto Agroalimentare Tradizionale、地域で受け継がれてきた伝統的な食品や製法を認定する仕組み)があることだった。前回の記事で書いた、Grazieという小さな町でFerragostoに食べられるコテキーノも、De.Co.の一つだった。世界中に売るためのものだけではない。観光客が一人も来なくても、世界中の人がその違いを理解してくれなくても、「これはうちらのものだから残したい」というものに名前をつけ、境界をつくり、制度にして残そうとする。イタリアの八百屋さんに行くと、例えばじゃがいもにnostranoという言葉がついていることがある。辞書では「地元の」「自国の」などと訳されるけれど、日本語の「国産」とは少し感覚が違う。nostro=「私たちの」という言葉が入っているように、「この土地のもの」「うちらのもの」という距離の近さがある。最初は、「うちらのって、どのうちら?」って少し笑いそうになった。でも、イタリアでは「イタリアの食」という大きなくくりの内側に、街や地域ごとの小さな「うちらの味」がいくつも重なっている。
日本にももちろん地域ごとの違いがあって、それが観光を豊かにしている。でも、「違いがある」だけじゃ足りないのかもしれない。住民が「こういう違いがあります」と知識として説明できること以上に、「違いに当事者であること」が大事なのかもしれないと思った。
Storytellingではなく、Storydoing
イタリア人を見ていると、そこに一本の価値観や姿勢が見えてくる。私は留学生活を通して、この「価値観や姿勢」を、彼らから一番学んでいる気がする。
そしてこれは、StorytellingというよりStorydoingなんだと思う。「私たちにはこんなストーリーがあります」と説明を用意するのではなく、イタリア人が今日もその価値観を持って生きている。毎年同じ日に町の料理を食べる。「うちの街の方がおいしい」と隣町に張り合う。2000年前の遺跡に普通に腰掛けている。物語を語っているというより、その物語の登場人物が、今日も普通に生活している。
だから観光客は、「ストーリーを聞く」のではなく、そのストーリーが現在進行形で行われている場所に入り込む。世界中のスーパーでパルミジャーノを買える。東京でミシュランのイタリア料理を食べられる。Instagramを開けば、イタリアの風景や食べ物のリールが無限に流れてくる。それでも、マントヴァに実際に来る意味はなくならない。なぜなら、商品は輸出できても、その商品を意味あるものにしている関係性全部までは輸出できないからだ。この街に来て、実際に歩いて、その文脈の中に自分を置いてみないとわからない価値が、たくさん残されているのだと思う。
4. 「残す」ことは、「変えない」ことではない
そして、クレモナに行ってTorrone (ナッツとはちみつ、卵白などでつくるクレモナを代表するヌガー菓子)を見たとき、もう一つ面白いことに気づいた。伝統を残す強さは、一つの完成品をそのまま保存することだけではない。Torroneそのものの「変えてはいけない核」は残しながら、そこから味やサイズ、商品、食べ方、食べるシチュエーションを何通りにも枝分かれさせ、さらに街にある別の文化ともつなげていく。そうすることで、文化への入口が増え、伝統に触れる人も、関わる人も、解釈も増えていく。広く薄めるのではなく、伝統は狭く濃いままに、そこから先の関係を外へ伸ばしていく。



そしてMade in Italyとは、ひとつの巨大な「Italyブランド」なのではなく、無数の小さな「うちら」が、消えずに残っている状態なのかもしれない。
外から見れば「そこまでこだわる?」と言いたくなるような小さな違いを、「一緒じゃーん」で終わらせない。そのちょっとヘンテコに見えるほどの「譲れなさ」が、結果として外から見たときに、唯一無二のブランドになっている。たぶん、それこそが、Made in Italyの強さなんだと思う。
一つのチーズも、「関係の束」でできている
街を歩きながら感じていたことは、インターン先のConsorzio Latterie Virgilioで働いていても、別の形で見えてきた。

Virgilioが扱うパルミジャーノ・レッジャーノやグラナ・パダーノも、最初から「価値の高い商品をつくって世界に売ろう」と生まれたわけではない。酪農が盛んなパダーナ平原で、毎日生まれる牛乳を無駄にせず、長く食べられる形にする。その生活の必要から、牛乳をチーズに加工し、長期熟成させる技術が発達してきた。つまり、この土地とチーズの関係は、商品の後ろに後から付け加えられた「ストーリー」ではない。「なぜここで、これがつくられているのか」を遡っていけば、ちゃんとこの土地で生きてきた人たちの理由にたどり着く。
チーズづくりの「分業体制」と「共通言語」
そして、その価値を一人で完成させるわけでもない。
一つのチーズが消費者に届くまでには、牛を育て乳を搾る酪農家、牛乳をチーズにするチーズ工房、熟成・加工・販売を担うVirgilio、さらに認証、物流、輸入、流通まで、想像以上に多くの人が関わっている。誰か一人のカリスマ職人が完成させるのではなく、それぞれが違う役割を担い、次の人へバトンタッチしていく。一つのチーズは、この土地に関わる多くの人の「共同作品」だった。そこで面白いと思ったのがDOPだった。これだけ離れた人たちが関わっても、生産地域や原料、製法、熟成などの「ここだけは守る」という基準が共有されているから、同じ価値を持ったまま信頼して次の人へ渡すことができる。インターン前、私はDOPを「伝統的な食品を守るための認証」くらいに考えていた。でも分業の中に入ってみると、少し違って見えた。DOPは、離れた人どうしが協働するための「共通言語」にもなっていた。
食べ物は「関係の束」
この一か月、休日になると周辺の街へ行き、ひたすら郷土料理を食べて、街を歩いた。最初は「なんでこの街ではこれを食べるんだろう」くらいの興味だったのに、追いかけていくうちに、全然食べ物だけの話では終わらなくなった。食べ物から始まったはずが、気づけば農業を調べ、地形を見て、歴史を読み、建築やアート、音楽に触れ、宮廷や交易まで調べていた。なんか気づいたら文化人になっていて笑、この一か月で「北イタリアとは」みたいなものを、知識としてではなく、身体で理解できた実感がある。
それはたぶん、北イタリアの食べ物が、単体ではなく「関係の束」として存在しているからだと思う。
一皿の上でさえ、バターやチーズ、肉といった重たい動物性の脂に、セージやナツメグ、アマレッティの香りや甘味、苦味を重ね、さらに酸のきいたワインまで含めて食事が完成する。一つの素材だけで完結させず、関係を重ねることで味をつくっているように見える。
一か月そんなことを繰り返していたら、ふと「ああ、だから私は北イタリアで食科学を学んでいるのか」と妙に納得がいく瞬間があった。ここでは、一つの食べ物をちゃんと理解しようとすると、勝手に領域を横断してしまう。そのどれか一つだけでは、目の前の食べ物を説明しきれない。食科学という学問が領域横断的だと理解していたけれど、ここでは食そのものが、最初から領域を横断していたのかもしれない。
この一か月、「食べ物を残すとはどういうことなのか」を考えていたら、いつの間にか、それは食べ物だけの話ではなくなっていた。
伝統も、商品も、人との関係も、一度形をつくれば、そのまま残り続けるわけではない。「あり続ける」ためには、その都度、誰かが関わり直さなければならない。
「変える」と「変わる」
この夏、イタリア人の知人と話していて、印象に残った会話がある。
日本語には「変える」と「変わる」があるけれど、イタリア語ではどちらも cambiare で、日本人には未来を sistemare しないといけない、というような考え方があるんじゃないか、と言われた。sistemare は、「整える」「きちんとした状態にする」というような意味の言葉だ。確かに私は、未来を良い方向にしたいなら、現状を変えないといけない、というような強迫観念をどこかでずっと持っていたのかもしれない。そして、未来のために、今のうちに「良い形」へ整えておいた方がいい、とも思っていた。
でもこの夏、私は何度も、「一度そうなったこと」と、「今もそうあり続けていること」は違うのかもしれないと思った。
過去に何かが起きたという事実は、それだけで価値を持つ。でも、それが今の人々に語られ、今も意味を持ち続けることはまた違う。一度得た誰かとのつながりも、その人との関係が今も続いていることとは違う。仕事における関係も、伝統も、きっと同じなのだと思う。
一度型や役割を決めれば、その先が自動的に続いていくわけではない。昨日そうだったからといって、今日もまったく同じとは限らない。状況によって変わっていい。だからこそ曖昧さが生まれるし、その都度コミュニケーションやケアが必要になる。
私はこれまで、どこかで「一度形を決めてしまえば、その形のまま保存される」「その方が安心だ」と考えていたのかもしれない。でも、この夏に触れたのは、関係は、その都度、その瞬間を生きる人たちの行為によって更新され続けるものでもあるという感覚だった。
未来のために、今を無理に「正しい形」へ変えておかなくてもいい。
「変える」ことばかり考えるのではなく、自分も、ものも、人との関係も、その時々の中で「変わっていく」。その不確実さに対して、もう少し自然体でいてもいいのかもしれない。
それが、この夏、私がイタリアから持ち帰りたいと思ったことだった。
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