Case 2: 買った後の、食材のお世話
Questions I Never Thought to Ask
イタリアで暮らす中で、日々の生活や身体の不調をきっかけに、「なんでこれを習わないんだろう?」「知らないのって私だけ?」と思うことが何度もあった。もちろん、学校で習ったのに私が忘れているだけかもしれない。自分で調べ、試しながら、少しずつ自分の身体や暮らしを知っていく。自分のことが分かれば、きっと誰かのこともケアできるようになるのだと思う。
このシリーズでは、日常の基本的な知識からイタリア暮らしのちょっとした工夫まで、そうして学んだことをシェアしたい。
買い物から帰ったあと
冷蔵庫から野菜を取り出すと、袋の底に水がたまっていて、いつの間にかぬるぬるしたりシワシワしたりしている。「買った時はあんなに新鮮で、冷蔵庫にも入れていたのになんでこんなにあっという間に悪くなっちゃうんだろう?」

イタリアで暮らし始めて最初の疑問だった。スーパーで食材を選ぶことには関心があったけれど、保存については「冷蔵庫に入れる」「袋を閉じる」くらいの感覚しか持っていなかった。調べるうちに、何を買うかだけでなく、家に帰ってからも少し世話が必要なのだと分かってきた。
食材は何によって変化するのか
最初は、色が変わることも、やわらかくなることも、カビが生えることも、全部まとめて「傷んだ」と考えていた。でも、同じように見える変化でも、その仕組みは違うらしい。
例えば、野菜や果物は収穫後も呼吸を続けている。切り花のように、収穫した後も生きていて、周りの環境に影響されるのだ。温度を下げると呼吸や成熟はゆっくりになるけれど、冷やせば冷やすほどよいわけではない。ナスやキュウリなどの夏野菜は、冷やしすぎると「低温障害」を起こすものもある。それぞれに合った温度や湿度がある。
食材に含まれる酵素も、成分を変化させる。酵素は化学反応を進める働きを持つもので、果物が熟してやわらかくなったり、切ったリンゴの表面が茶色くなったりすることにも関わっている。
一方で、細菌やカビなどの生き物が増えて起こる傷みもあるし、葉物がしなしなになるように、水分を失って起こる変化もある。
つまり、「変化した」ことと「腐った」ことは、必ずしも同じではない。 マッシュルームの内側のひだも、成熟すると色が濃くなるため、黒っぽいというだけでは傷んでいると判断できない。ただし、強いぬめりや異臭、ふわふわしたカビ、崩れるような傷みがあるものは食べない。逆に、見た目や臭いに異常がなくても、必ず安全というわけではない。食中毒を起こす微生物がいても、その存在が見た目や臭いに表れないことがある。食材の状態を見ることと、保存方法や期限を守ること。その両方が必要だった。
水気をなくす。でも、乾かしすぎない
チーズの授業で、「牛乳から水分を減らすこと」が最大の目的だと学んだ。微生物が生きていける水分があると、人間がコントロールしにくいからだ。それを聞いて、冷蔵庫の袋の底にたまっていた水を思い出した。「じめじめしていて、ふかっとあったかい、酸素もある」環境では、カビが繁殖しやすい。言われてみればそうなのに、袋の中で何が起きているかまで想像したことがなかった。ただ、野菜の水分を全部なくせばいいわけでもない。葉物は乾燥するとしおれてしまう。乾燥を防ぎながら、余分な水滴をためないこと。 必要なのは、その加減だった。
例えば、葉物は表面の余分な水気を取り、キッチンペーパーと一緒に袋や容器に入れる。洗ってから保存するなら、しっかり水を切る。ペーパーがびしょびしょになったら替える。買った袋を閉じて終わりではなく、ときどき中を見る。これだけでも、私にとっては新しい習慣だった。
野菜室も、入れれば何でも長持ちする魔法の場所ではない。冷蔵庫よりも少し温度が高く、湿度を保ちやすいように設計されたものもあるけれど、温度や仕組みは機種によって違う。日本で馴染みのある独立した野菜室と、今のイタリアの家の冷蔵庫の引き出しが、同じとは限らない。

さらに、保存では隣に置くものも関係する。リンゴやバナナ、トマトなどが出すエチレンは、一部の果物の追熟を進める一方、影響を受けやすい葉物やブロッコリーなどの変化も早める。果物と野菜を分けて置くことには、理由があった。金曜日に買った真っ白なマッシュルームを、トマトと同じ紙袋に入れたまま冷蔵庫にしまい、火曜日に取り出すと内側が黒っぽくなっていたこともある。
逆に、キウイを早くやわらかくしたい時には、熟したバナナやリンゴと一緒に置く方法もある。保存は変化を止めることだけでなくて、食べ頃に近づけることでもあるのか。
乾いていれば安心?——米や小麦粉と虫
野菜の水気を気にするようになったけれど、乾いていれば安心というわけでもなかった。小麦粉、パスタ、グラノーラ、米に虫が寄ってきた!今度は、虫からどう守るのかという疑問が出てきた。
乾燥食品につく虫は、開いた袋から入ってくるだけではない。購入前に入り込んでいることもあるし、薄い包装を破ったり、隙間から侵入したりする種類もいる。「未開封だったのに!」ということも起こるのだ。だから、開封後はしっかり閉まるガラスや金属、厚手のプラスチック容器などに入れる。古いものから使い、買い込みすぎない。虫がついた食品は処分し、近くの袋も確認して、棚の隙間やこぼれた食品を掃除する。暑さや水気から、虫が自然に生まれるわけではない。夏になると生ごみの周りに出るハエの幼虫も、米や小麦粉につく虫も、どこかから来た虫や、その卵から育っている。「虫がいた」で終わらず、何を食べて、どこで育つ虫なのかを考える必要があった。例えば、コクゾウムシは米粒の中に卵を産み、幼虫はその中で育つ。外から見ただけでは分からないこともあるらしい。
実家では、母が米を大きな密閉ケースに入れて、直射日光の当たらない棚で保管していた。当たり前の風景だったけれど、今になって、その行動の意味が分かった。古い米を使い切ってから容器を洗い、完全に乾かして新しい米を入れることにも、理由がある。
ここで、「砂糖や蜂蜜、油は水気が少ないから、虫も来ないの?」と思った。でも、微生物が増えにくいことと、虫が寄ってこないことは別だった。 アリは砂糖や蜂蜜にも寄ってくる。蜂蜜にも水は含まれている。ただ、糖の濃度が高く、微生物が利用できる水分が少ない。この「利用できる水分」の程度を、水分活性というらしい。油も、水気が少ないから何も変化しないわけではなく、光や熱、空気によって酸化し、風味が変わる。調味料だって、乾燥スパイス、醤油、酢、ジャムでは条件が違う。
菌への対策には温度や水分、虫への対策には容器や棚の清潔さ、油には光や空気。「傷ませない」という一つの目的にも、違う対策が必要だった。瓶の外側についた蜂蜜や、棚にこぼれた砂糖を拭くことも保存の一部なのだ。
「常温」って、何度のこと?
イタリアのスーパーでは、牛乳や卵が夏でも冷蔵庫の外に並んでいる。最初はびっくりした。常温で売られている牛乳の中には、超高温で処理し、無菌的に包装されたUHT牛乳がある。ただ、未開封なら常温保存できる製品でも、もちろん開封後は冷蔵が必要になる。卵も、店頭で常温だったことと、家の暑い台所に長く置いてよいことは同じではない。家庭では表示に従って冷蔵し、出したり戻したりして温度差を繰り返さないようにしたい。そもそも私は、「常温保存」の常温が、真夏の35℃の台所でもいいと思っていた。でも、冷房の効いたスーパーの棚と、自分の家では条件が違う。「常温」は、季節を問わず部屋に置いていい、という意味ではなかった。
冷凍についても、考え直した。 すぐに食べきれないバナナブレッドや、炊きすぎたご飯を冷凍しようとしたら、海外の友人に不思議がられた。私には馴染みのある方法だったけれど、みんなの当たり前ではなかった。冷凍すると食感が変わることはある。でも、野菜や果物では、凍る時にできる氷の結晶が細胞の組織を壊して、一部の成分がお腹の中での消化の過程で取り出されやすくなる場合もあるという。それに、すぐに食べないパンやご飯は、小分けにして冷凍すれば、必要な時に取り出せる。旅行前に使い切れなさそうなら、傷むのを待たずに冷凍しておけばいい。夏には、熟したバナナの皮をむいて冷凍し、ヨーグルトに入れることにもハマっていた。保存のためにしていたことが、そのまま好きな食べ方にもなっていた。
ただ、冷凍すれば何でも救えるわけではない。傷んだものが元に戻るわけではないから、まだ食べられるうちに保存する。「もう少し置いておけるかな」と迷っているうちに忘れてしまう私には、ここが大事だった。カレーや煮込みも、「火を通したから大丈夫」だと思っていた。でも、大きな鍋のまま室温でゆっくり冷ましている間に、ウェルシュ菌が増えることがあるという。作った後の置き方まで関係するのか。。残す分は小分けにして冷却・冷蔵する。食べる時に温め直すことだけを考えていたけれど、その前の保存も大事だった。
チーズも、フレッシュなものと長期熟成したものでは扱いが違う。モッツァレラの保存液を見て、「これも捨てた方がいいの?」と思ったけれど、そういうことでもないらしい。開封後にどう保存するかは、製品の表示で確認する。さっき水気に気をつけようと学んだばかりなのに、もう例外が出てきた。そして、チーズに使われるカビと、家で保存している間に生えてきたカビも別だった。「チーズはもともとカビを使うものだし」とは考えられない。柔らかいチーズやパン、調理済み食品は、見える部分だけ取っても、内部に菌糸が伸びていたり、カビ毒が残っていたりする可能性がある。硬い塊のチーズでは、カビの周囲と下を少なくとも約2.5cm切り取る対応が認められる場合もあるけれど、薄切りや粉状のチーズには使えない。同じチーズでも、種類だけでなく、どんな形になっているかで違うのだ。
「水気をなくす」「冷やす」「カビを取る」。一つ分かると、つい何にでも使えるルールが見つかった気になる。でも、目の前の食材には、それぞれの事情がある。
シェアハウスで当たり前が食い違う
ラップをして電子レンジで温めようとした時、同居人に「プラスチックが溶けるからやめて!」と言われたことがある。
私は日本で普通にしていたけれど、考えてみれば、目の前のラップが日本で使っていたものと同じとは限らない。電子レンジに使えるか、耐熱温度は何度か、油の多い食品に触れさせてよいか。容器も含めて、製品ごとの表示を確認する必要があった。
日本の保存グッズ、便利なものが発達しすぎてそれに慣れてしまっていた。一方で、Terra Madreでは、台湾やフィリピンでは植物の葉を器や包装に使う話を聞き、「日本はプラスチックの容器が多い」と言われたこともあった。便利に保存することと、包装を増やしすぎないこと。その両方をどう考えるかは、これからの課題だ。
イタリアの生ごみ用の袋にも、最初は「 汁が漏れる!もろすぎる!なんで!」と文句を言っていた。でも、「この袋は何の素材で、どう処理されるんだろう」と考えるようになると、破れやすさを「分解するため」だったのかなあと思うようになった。実際、生ごみ用の袋はorganicoとして捨てられる。袋の役割を知るには、その地域の回収方法も知る必要がある。
一緒に暮らしていると、食材だけでなく、台所に残る水気も気になってくる。濡れた食器を重ねて棚に入れること、洗った手を乾かさずに取っ手を触ること、カウンターに水滴を残すこと。食器は必ず布巾で拭かなければいけないわけではなく、清潔な水切りラックで十分に乾かしてからしまえばいい。手も洗った後に乾かし、共用部分の水滴や汚れは拭く。少し水が残っただけですぐにカビだらけになるわけではないけれど、湿気や汚れをためない小さな行動は、一緒に使う場所を気持ちよく保つことにつながる。私が普通だと思っていたことも、同居人が普通だと思っていたことも、理由を聞いてみると少し違って見える。シェアハウスの台所は、そんなことを毎日考える場所にもなっていた。
買った後の小さな世話
UPFsについて学んだ私は、スーパーに行って何を選んだらいいのかを考えていた。でも、買った後も食材の様子を見るようになったことが、私には大きな変化だった。袋の底に水がたまっていないか。そろそろ食べないといけないものはないか。旅行前に冷凍するものはないか。
冷蔵庫に入れたから大丈夫。日本でしていたから、ここでも大丈夫。そんなふうに何となく済ませていたことに、一つずつ理由が見えてきた。実家で母がしていたことも、今になって少し分かる。米を容器に移すことも、食べ切れないご飯を小分けにすることも、ただ几帳面だからしていたわけではなかったんだね。
食材を長持ちさせる知識は、無駄を減らすだけでなく、疲れて料理をしたくない日の自分も助けてくれる。冷凍庫にご飯があるだけで、夕食を作る気力が少し戻ることだってある。結果として捨てるものが減りサステナブルな未来に繋がるなら、こういう毎日の行動も、私が社会のためにできることの一つなのかもしれないと思った。
参考文献
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