生ものに対する価値観
- 2 日前
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LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY
ブラに到着して早々、大家さんが「この街名物のSalsiccia di Bra(生肉のソーセージ)を食べないと!」と言って、お肉屋さんに連れて行ってくれた。
カウンターの向こうのお肉屋さんは、快く味見をさせてくれた。日本にいた頃、生肉の独特な「ぐにゃっとむにょっと」した食感に苦手意識を覚えていた私は、少し身構えながら口に入れた。 心底驚いた。美味しい!!
柔らかくてなめらかで、でも少しだけ食感が残っている。その口当たりは、日本のネギトロを思い出させた。ほんのり甘い!!スパイスの独特な鼻に抜ける香りも、とても好みだ。

イタリアのプロシュートやサラミなどの加工肉文化では、古くから豚肉が使われてきた。
しかし、ブラ周辺はピエモンテ牛(ファッソーナ牛)の産地として知られ、高品質な牛肉文化が根付いていた。中世から近世にかけて、近隣のケラスコという街にはユダヤ人共同体があり、宗教上の理由から豚肉を食べられない人々がいた。そうした背景から、ブラの地元のお肉屋さんたちが仔牛肉を主体とした特別なソーセージを作るようになったそうだ。高品質な仔牛肉を使っていることから、新鮮なものを生のまま味わう食文化が、この地域では受け継がれている。 現在では仔牛肉を主体に少量の豚バラ肉を加え、塩、黒胡椒、シナモン、ナツメグ、クローブなどのスパイスで味付けされる。私が話を聞いたお肉屋さんでは、「うちは90%が牛肉、10%が黒豚だ」と、高い牛肉の配合割合を誇らしそうに話してくれた。お肉屋さんによって配合や味付けが全く異なるため、それらを食べ比べるのも楽しい。
このソーセージが生で食べられている背景には、ブラが冷涼な気候で生肉の状態でも保存がしやすいこと、また限られた地域の加盟肉屋たちが伝統的な製法と品質管理を受け継いできたこと、地域の人々がそうした職人たちを信頼してきた歴史があるのだろう。
このソーセージは、街のお肉屋さんで買ってそのままおつまみとして食べたり、ピザやパニーニ、最近ではポケの具材になっていたり、レストランでは前菜として出てきたりする。ブラには、Battuta al coltelloという、生の牛肉を包丁で叩いて粗く刻んだタルタルもある。この街では、「生の肉を食べる」ということが、驚くほど日常に溶け込んでいる。実際、私の周りの留学生たちも「ブラで一番好きな食べ物はsalsiccia di bra」と口を揃えて言う。




しかし、イタリアに来て驚いたことは、生肉を食べる文化だけではない。
スーパーで卵が常温で売られ、そのまま家庭でも常温で保存されている。絶対に冷蔵庫に入れて冷やさないといけない食べ物だと思っていた。他にも動物性の肉・魚・卵を切る時はまな板を分けるとか、先に生鮮を切るとか、触ったら丁寧に手を洗うとか、そういうことを母や料理の先生から教わってきた私は、世界中からこの大学に集まる友達と料理している時も、「案外世界はそんなに気にしていないのかもしれない」とよく思う。
日本は湿度が高く、生ものはすぐに傷むという感覚が、昔から根付いているのだろうか。日本にも牛肉のユッケや馬刺しの文化はある。でも、食中毒のニュースを耳にすることから、やめておくのが賢明、という方向に社会全体が動きやすい気がする。
驚いたのは、イタリア人の友人たちがポルペッテ(ミートボール)を作る時、生の肉を少し味見することだった。もちろん彼女たちは私には「危ないからやらないでね」と言う。でもイタリアには、「新鮮で良い肉なら、生で状態を確認できる」という身体感覚が残っている気がする。そしてそれはどちらかというと食材というよりも、お肉屋さんの職人技に対する信頼のような気がする。 少し話は変わるけど、インド人の友人は、鶏肉を水道水で洗っていた。
驚いて理由を聞くと、「自分の故郷では、お肉を買いたい時には畑に行って、生きている状態から目の前で殺された鶏を調理していたから、洗うのが普通。イタリアでやる必要はないってわかってるけど、癖なんだ。」と言っていた。
畑で締められた鶏には、羽、血、内臓、匂いがまだ残っている。だから洗う。ただこれは単なる衛生ではなく、動物から食材へ変換するための儀式に近い。東京で生まれ育ち、工業化されたパック肉を最初から「食材」として受け取ってきた私にとって、動物だった状態からその過程を見届けるという感覚は、とても新鮮で、大きな価値観の違いを感じさせるものだった。
よく考えてみれば、日本人は寿司や刺身などの生魚を当たり前に食べる。でも個人的に怖いと思ったことはない。生肉に対して私たちが抱く感覚は、欧米の人が「生魚なんて怖い」と感じるのとほぼ同じ構図なのかもしれないと思った。
どんな歴史を積み重ねて、どんな流通や衛生管理の仕組みを構築して、誰を信頼して食べているのか。生ものに対する考え方もまた、その土地の文化なのだと思う。
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