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イタリア人にとってパンとは何なのか

  • 3 日前
  • 読了時間: 7分

イタリアパン屋見習いシリーズ 最終回

LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY


ブラの町のパン屋さんで分けてもらったスターターを使ってサワードウを焼き、感想を聞いてもらおうと翌日もう一度お店を訪ねた。それがきっかけで、数回にわたりパン作りを見習わせてもらえることになった。今回は体験記の最終回として、イタリアのパン職人が持つ製法におけるこだわりについて気づいたことをお届けしたい。 1, 「pasta」が指している範囲の広さ


pastaと言ったら、あのイタリア料理の「パスタ」を思い浮かべる人が多いだろう。ところが、パン屋さんで働き始めると、イタリア語においてpasta という言葉が思っていた以上に幅広く使われていることに気がつく。

例えば、pasta madre は天然酵母、pasta sfoglia は折り込みパイ生地、pasta frolla はタルトやクッキー生地。ピザ生地も pasta per pizza と呼ばれる。つまり、イタリア人にとって pasta とは「パスタ料理」ではなく、「粉を練った生地」そのものを指す言葉なのだ。


そう考えると、日本との感覚の違いが見えてくる。

日本では、パン、お菓子、麺はそれぞれ別のジャンルとして捉えられているように思う。でもイタリアでは、それらはもっと地続きの存在だ。


考えてみると、日本では家庭で小麦粉を練る機会はそれほど多くない。うどんを打つことはあっても特別な体験で、生地を日常的に手で練る文化はあまり根付いていないように感じる。一方、中国人の友人のお母さんから餃子や包子を習った時、その様子を見ていると、生地を伸ばし、包み、形を整える一つひとつの動きに迷いがなく、日本よりずっと小麦粉との距離が近い文化なのだと感じた。


友人によると、中国では小麦粉で作られた食べ物全体を「麺食」と呼ぶ。小麦粉そのものは「麺粉」、生地は「麺団」、いわゆるヌードルは「麺条」。

「私たちにとって、小麦粉で作る食べ物のデフォルトは『麺』なのかもしれない。」

彼女のその言葉を聞いた時、イタリアの pasta という概念とどこか重なるものを感じた。イタリアも中国も、小麦を主食としてきた地域である。だからこそ、「麺」「パン」「お菓子」と細かく分ける前に、「粉を練った生地」という大きなカテゴリーがまず存在しているのかもしれない。言葉を知ることで、その土地の人が何をひとまとまりのものとして捉えているのかが見えてくる。パン屋さんで覚えた pasta という言葉は、私にとって、小麦文化そのものの見え方を変えてくれた。

2, イタリアのパンの基本


イタリアのパン屋さんは、発酵種や油脂、小麦粉の選択肢を多く持っていると思う。


イタリアでは、パンの種類によってさまざまな発酵種が使い分けられている。

私が見習いをしたパン屋さんでは、フォカッチャにビール酵母とモルトを加えていた。ビール酵母を使う姿を見ていると、パンとビールが同じ穀物文化の中で発展してきたことも自然と実感できた。また、彼らはモルトのことを「砂糖」と呼んでいたけれど、実際にはモルトは小麦のでんぷんから少しずつ糖を生み出し、酵母の働きを助けるものだ。砂糖をドカンと一気に加えるのではなく、小麦が本来持つ力をゆっくり引き出しながら発酵を促す。なるべく自然な味を引き出そうとするこの姿勢が、なんだかイタリアらしいと感じた。


油脂も一種類ではない。

フォカッチャにはオリーブオイルだけでなくラードやひまわり油を使い、ヴィーガン仕様ならボンボローニにはひまわり油、コルネットにはマーガリンを使うという。


そして、一番奥深いのが小麦粉だ。

普段スーパーで買い物をしていても、種類が多すぎて何を選べばいいのかわからなくなるほどだ。日本では「強力粉」「薄力粉」という比較的シンプルな分け方を思い浮かべるが、イタリアでは軟質小麦・硬質小麦に加え、Tipo 00~2、Integrale、Manitobaなど、粒度や性質によって細かく分類されている。



しかも、「この粉はパン用」「これはお菓子用」と厳密に使い分けているわけでもない。例えば、「Farina Frolla」は本来クッキーやタルトなどに使われる粉だが、このパン屋さんではフォカッチャにも使っていた。最初は「お菓子用なのに?」と驚いた。でも焼き上がったフォカッチャは、雲のように軽く、口当たりも驚くほどやわらかい。

イタリアのパン作りには、多くの選択肢がある。それぞれの素材の性質を理解し、「どんな食感にしたいか」「どんな香りを引き出したいか」という完成形から逆算して材料を選ぶこと。その柔軟な発想と引き出しの多さこそが、職人の技術なのだと感じた。

3, 地域密着のパン


イタリアのパン屋さんは、地域に密着している。彼らの看板商品であるサワードウには、「Pane di Bra」という町の名前がついている。日本ではなかなか聞いたことがない。 また、世界的に有名なイタリアの伝統菓子ですら、その土地仕様に変えている。例えばカンノーロ。シチリアを代表する揚げ菓子として有名だが、この地域のパン屋さんでは、揚げた筒状の生地ではなく、パイ生地(pasta sfoglia)を巻いて焼いたものを見かけることが多い。また、中にはリコッタではなく、ザバイオーネクリーム。両端にはヘーゼルナッツがまぶされていた。つまり、「シチリアの味を忠実に再現する」ことよりも、「この土地で美味しい形に作り変える」ことの方が自然なのだ。



考えてみれば、ピエモンテはヘーゼルナッツや酪農文化で知られる土地でもある。フォカッチャにブラのチーズやハムを挟み、菓子にはマルサラやヴェルモットといったこの地域発祥のお酒を混ぜ込む。イタリアのパン屋さんは、全国共通の商品を売る場所というより、「地域の食材を毎日食べられる形に変換する場所」なのだと感じた。 だからある時、彼らからこんな提案をもらった。

「日本では輸入物のハムやチーズは高いかもしれないけれど、郷土野菜や日本の食材を使えば、こんなパンが作れるんじゃない?」その考え方は、私にとってとても新鮮だった。イタリアのパン屋をそのまま日本に再現するのではなく、イタリアで学んだ生地の扱い方や発酵の技術を土台にしながら、日本の土地にある食材で、日本の暮らしに合うパンを作る。そんなパン屋さんがあったら、ただ「本場らしい」だけの店よりも、ずっと自然で、持続可能で、豊かな場所になるのではないかと思った。

4, イタリアパンの哲学


イタリアのパンは全体的に「強すぎない」「素材の味を引き出す」。レモンは香る程度。ラム酒やマルサラを使っても、お酒の香りが前に出すぎない。チーズを大量に使っても、くどくない。例えばフォカッチャ・ディ・レッコというパンには、800g近いチーズを挟むのに、実際食べると驚くほど軽い。ファリナータも、ひよこ豆の粉を前面に出したとてもシンプルな味。


Focaccia di Recco
Focaccia di Recco
Farinata
Farinata

イタリアのパンは、派手ではない。そこに、イタリア人がパンに求めているものが表れている気がした。彼らは「健康」を、「制限」として考えていない。もちろん全粒粉や古代穀物のパン、種入りを選ぶ人も増えている。でも、「低糖質だから」「カロリーが低いから」というより、「自然だから」「消化が良いから」という感覚に近い気がした。


ハンバーガーのバンズに種を混ぜ込む
ハンバーガーのバンズに種を混ぜ込む

実際、パン屋でも「これは消化が軽い」「長時間発酵だからお腹に重く残らない」といった話をよくしていた。だから彼らにとって大事なのは、なんだか胡散臭い「健康っぽさ」より、「毎日食べられること」「身体に無理なく馴染むこと」なのかもしれない。

今回の見習いを通して気がついたこと


これまで私は、ただイタリアのパン屋さんのパンが好きだった。 でも今回の見習いを通して、そのパンの裏側に、イタリアの人たちが日々の食事に何を求めているのかが少しずつ見えてきた。何気なく並んでいるように見えるパンにも、職人の強いこだわりがある。そして、そのこだわりは一度覚えた技術だけで成り立っているのではなく、毎日の観察と小さな改善の積み重ねによって支えられている。だからこそ、簡単には真似できない。イタリアのパン屋さんのパンには、その土地の暮らしと、職人の時間が練り込まれているのだと思った。 やっぱり私は、流行に左右されない、素朴なイタリアのパンが大好きだ。

あとがき


食を学ぶ学生だからと快く扉を開き、たくさんのことを見せてくれたオーナーには心から感謝したい。


別れ際、「次はパネットーネの時期にまた見習いに来な!」と言ってもらえた。北イタリアの伝統的なパネットーネ種を使った、最高にリッチで長い時間を要するパン作りは、今回とはまた違う世界なのだろう。その日までに、イタリアのパンについてもっと学び、またこのパン屋さんの扉を叩きたいと思う。



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