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ISSUE VOL.3 カカオから考える、生物文化多様性とサステナビリティー

  • 16 時間前
  • 読了時間: 7分

Gastronomy is not Haute Cuisine

毎年2月になると、日本の百貨店は世界中のチョコレートで埋め尽くされる。バレンタイン催事に長蛇の列ができ、人々は希少なブランドやショコラティエの物語に惹かれ、一粒に惜しみなくお金を払う。パリやブリュッセルでは宝石のようなボンボンショコラが並び、アメリカでは巨大企業がテーマパークを運営するなど、チョコレートは世界各地で特別な文化的価値をまとっている。


 スイスの高級チョコレートのボックス。「どれにしようか」と選ぶのにワクワクする。
 スイスの高級チョコレートのボックス。「どれにしようか」と選ぶのにワクワクする。

一方で、カカオ生産における森林破壊や労働問題が取り上げられるようになり、近年のBean to Bar運動は、生産地や品種、発酵方法、生産者との関係性へと消費者の視線を向け直してきた。これは、均質な工業製品としてチョコレートを消費してきた時代からの大きな転換である。

しかしそれでもなお、私たちはあまりにも多くの選択肢に囲まれている。商品に関する情報は増え続ける一方で、結局は話題性や評判、パッケージを手がかりに商品を選ぶことも少なくない。 今月の記事では、「ガストロノミーとは何か」という問いを、原材料としての「カカオ」から考えてみたい。

私たちが想像する「チョコレート」の味


今日私たちが知る「チョコレート」は、19世紀以降のヨーロッパにおける技術革新によって誕生した加工食品である。


カカオ豆をそのまま焙煎してすり潰しただけでは、板チョコレートのようななめらかな食感にはならない。


まず、カカオ豆から脂肪分である「カカオバター」を分離する技術が開発された。カカオバターは人間の体温に近い温度で溶ける性質を持つため、これを後から加えることで、型に流し込めるなめらかなチョコレートをつくり、口の中でとろける食感を生み出すことが可能になった。


その後、コンチングと呼ばれる工程が発明される。これは、チョコレート生地を温めながら長時間練り続ける工程であり、粒子を細かくしてざらつきをなくすとともに、発酵由来の酸味や渋みを和らげ、まろやかな味わいを生み出す。


現在、私たちの多くがチョコレートに期待する「なめらかな口溶け」は、カカオそのものが本来持っていた性質ではなく、これらの近代の食品技術によって作り出されたものである。

カカオの歩んだルート


カカオの起源は、現在のエクアドルやペルーを含むアマゾン上流域にあると考えられている。その後、カカオ利用の文化は中米へと広がり、メソアメリカ文明圏において発展した。人々は、焙煎したカカオ豆をすり潰し、水や香辛料と混ぜ合わせ、泡立てた苦い飲料として飲んでいた。カカオは単なる嗜好品ではなく、神聖な儀礼や祝祭に用いられ、時には貨幣として流通するほど社会的・文化的に重要な存在であった。


発酵・乾燥後のカカオ豆を試食。全く甘くなく、いわゆる「チョコレート」の味とはかけ離れていて驚いた。砂糖が入っていないため、ヘルシーなスナックとしてそのまま食べられる。
発酵・乾燥後のカカオ豆を試食。全く甘くなく、いわゆる「チョコレート」の味とはかけ離れていて驚いた。砂糖が入っていないため、ヘルシーなスナックとしてそのまま食べられる。

しかし、16世紀以降の植民地主義の時代になると、カカオは地域社会の食文化を支える作物から、世界市場に供給される商品作物へと姿を変えていく。ヨーロッパでチョコレート需要が高まるなか、カカオ栽培は西アフリカへ移植され、大規模な輸出向け生産が展開されるようになった。

カカオが支える多様な食文化


ラテンアメリカでは、カカオはチョコレートの原料としてのみ利用される存在ではない。


メキシコ・オアハカの市場では、現在も大きな素焼きの鉢に入ったテハテという発酵飲料を年配の女性たちがひしゃくで掬い、市場を訪れる人々に振る舞う光景が見られる。また、唐辛子や香辛料、ナッツなど数十種類の食材を組み合わせるモレソースにもカカオは欠かせない。そこではカカオは、料理に香ばしさや複雑な奥行きを与える調味料として機能している。

ブラジルでもカカオの白い果肉をそのまま吸って味わうほか、ジュース、リキュール、ジャムなどに加工される。私自身、ブラジル人の同僚から、友人たちが集まるたびにコンデンスミルク、チョコレート、バターで作ったブリガデイロを何度も振る舞ってもらった。


つまり、カカオはチョコレートである以前に、人びとの喉を潤す飲み物であり、食卓を支える調味料であり、森がもたらす果実であり、人々の日常やもてなしの文化を支える食資源なのである。

森とともに暮らす地域共同体


エクアドル出身の同僚は、「アマゾンの熱帯雨林は、父が仕事でいつも出入りしていた場所だから、精神的にとても近い存在だ」と話していた。また、ブラジル出身の同僚も、アマゾンを訪れた際の写真を「美しい」と言って見せてくれた。その様子が、深く私の印象に残っている。多くの人にとってアマゾンは、地図や環境問題のニュースの中にある遠い場所かもしれない。しかし、彼女たちにとっては、家族や幼少期の記憶と結びついた生活圏なのである。ラテンアメリカにルーツを持つ人々にとって、カカオと森の関係は、私たちが想像する以上に身近な問題なのだということに気づかされた。 ブラジル・アマゾンでは、実際にカカオの持続可能な生産に取り組んでいる人々がいる。

ここで2つのブランドを紹介したい。 1つは、コンブ島で活動する「Filha do Combu」のオーナー、Dona Nenaである。

彼女の農園には、カカオだけではなく、アサイー、クプアス、薬用植物など80種類以上の植物が共存しており、アグロフォレストリー(森林農法)を推進している。農薬や化学肥料は用いず、カカオ、砂糖、そして森の果実という三つの材料だけでチョコレートを作っている。


インタビューの中で彼女は、「自然には与えてくれる以上のものを求めることはできません」と語っている。その言葉は、生産性の最大化を目指し、カカオを単一作物として栽培するプランテーション型農業を普及させてきた近代農業への静かな異議申し立てのようにも聞こえる。彼女の家では、焙煎したカカオ豆を砂糖とともにすり潰し、カカオの葉で包んだ素朴なココアバーが、客人を迎えるときやクリスマスなど特別な機会に振る舞われてきた。Dona Nenaは、そうした両親や義父から受け継いだレシピや食文化を、次の世代へ伝えるための活動も行っている。 もう1つは、Bean to BarブランドLuisa Abramである。

アマゾンの野生・半野生カカオに注目し、6つの河川流域に暮らすコミュニティとともに発酵方法を開発しながら、「川のテロワール」を味わうためのチョコレートを国内外に販売している。これは、アマゾンでは道路ではなく河川が人々の移動や交易を支え、カカオの個性もまた流域ごとの自然環境や文化によって形づくられるという視点に基づいている。

野生カカオに市場価値が生まれることで、森林を残すことそのものが、人々の暮らしを支える持続可能な生計となるのだ。


ライムやアサイー、オリーブオイルなどを思い出させるすっきりとした味わい。
ライムやアサイー、オリーブオイルなどを思い出させるすっきりとした味わい。

両者に共通しているのは、カカオを単なる輸出作物や嗜好品の原料としてではなく、人びとの生活、記憶、そして森との持続的な関係性の中で捉えている点である。

「サステナブルな商品」との向き合い方


世の中には、「サステナブル」を掲げる商品が数多く存在する。

しかし、その分値段は高いし、説明は難しいし、地球環境への影響というスケールの大きな話よりも、自分のお財布や日々の暮らしを優先させたいと思ってしまうこともある。 でも、何かにお金を払うとき、一度作り手の暮らしを想像してみてほしい。

カカオであれば、人々の生活圏としての森を思い描いてみること。森とともに暮らし、家族でカカオを加工し、客人を迎え、祖父母から受け継いだレシピを次の世代へ伝えていく人びとの姿を想像すること。 私たちが向き合うべきなのは、「サステナブルな商品である」というタイトルやラベルそのものではない。その共同体の暮らしに思いを馳せることができれば、結果として、私たちのその選択はサステナブルなものになるのではないだろうか。


私たちが向き合うべきなのは、「サステナブルな商品である」というタイトルやラベルそのものではない。その共同体の暮らしに思いを馳せることができれば、結果として、私たちのその選択はサステナブルなものになるのではないだろうか。

カカオ生産地に息づくこうした営みは、生物文化多様性そのものであり、『Gastronomy is not Haute Cuisine』という言葉の実践でもある。 私たちが味わうべきなのは、チョコレートの滑らかな口溶けだけではない。その背後にある森の時間、人びとの記憶、そして人と人、人と自然との関係性なのかもしれない。


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