ブロッコリーの旬:始まりと終わり
- 4月29日
- 読了時間: 5分
更新日:4 日前
Lost in Translation: Life of a Japanese Girl in Italy
2026年3月、私はイタリア・ピエモンテ州にあるブラ(Bra)という小さな町にやってきました。「Slow Food」発祥の地として知られるこの場所で、私は食科学大学(UNISG)の大学院生として「フード・コミュニケーション&マーケティング」を学んでいます。授業や日々の生活での気づきを、毎週の日記のような形で綴っていければと思います。 1,ブロッコリーの旬 ブラの町で私が既に大好きになったものの一つに、週に3回、町のあちこちで開かれる「メルカート(市場)」があります。イタリアに来て間もない3月、市場で農家さんに「今、何が旬で美味しいですか?」と尋ねてみました。 答えはシンプルでした。「ブロッコリーだよ」。
彼女はそれでパスタを作ることを勧めてくれました。
私は少し驚きました。
東京で生まれ育った私は、ブロッコリーの旬を意識したことがなかったからです。私にとってブロッコリーは、一年中スーパーに並んでいる野菜で、言ってみれば学校のお弁当に彩りとして緑色を足すための「脇役」的存在でした。
しかしイタリアでは、ブロッコリーは 9月から4月頃までという明確なシーズンを持つ野菜なのだそうです。その日の夜、私はブロッコリーのパスタを作りました。ブロッコリーを「主役」にしたパスタをインスタグラムに投稿すると、日本の友達からたくさんの驚きの反応が届きました。

旬の食材は新鮮です。
その土地で育ち、生産者さんによって最も美味しいタイミングで収穫されます。さらに、その食べ方を最もよく知るローカルの人たちにおすすめを聞けることも、大きな魅力のひとつです。
私たちは個人として、「Economia territoriale(地域経済)」を支える選択をすることができます。そしてそれは、単なる社会的な意義にとどまらず、純粋に楽しく、美味しい体験でもあります。
2, World Disco Soup それから1ヶ月後、町は活気に満ち溢れていました。4月の最終土曜日、ブロッコリーの季節が終わりを告げる頃、私たちは「World Disco Soup Day」を祝いました。
これは、音楽を楽しみながら野菜を廃棄から救う世界的なイベントです。今年の開催日は4月25日。この日はナチスの占領から解放されたことを祝う「イタリア解放記念日」という祝日でもありました。


始まりは、ベルリンの市場から この取り組みは2012年、ドイツ・ベルリンの市場で始まりました。スローフード・ユース・ネットワーク(SFYN)の若者たちが、捨てられるはずだった野菜を使い、デモ参加者のために巨大な鍋でスープを作ったのがきっかけです。音楽に合わせて踊りながら野菜を刻むこのスタイルは世界中に広がり、第1回では約8000人の空腹を満たしたとされています。 「Wasted(無駄)」を「Wonderful(最高)」に変える魔法 ブラでのイベントを主催したのは、UNISG支部としてSFYNで活動する生徒たち。彼らにとってはこれが一年を通して最も大切なイベントで、前日は街中のマーケットを回り、売れ残った野菜を救出してきたそうです。
「今の季節はブロッコリーの売れ残りがたくさんあるんだよ。収穫されすぎたり、緑色が少し薄いだけで捨てられてしまうけれど、味は最高なんだよ」
そう話す彼らの横で、私はブロッコリーの季節が終わり、次の季節へと繋がっていくのを感じました。 彼らが前日にマーケットから救出した野菜は、見事な4品へと生まれ変わりました。
1. パスタソース
2. ミネストローネ
3. ガスパッチョ
4. サラダ

来場者は皆「美味しい」と驚きながら食べていて、料理は大好評でした。私が食べたミネストローネも、ブロッコリーや葉物野菜、にんじん、じゃがいもなどの野菜とパンがたっぷり入った満足感のある一品で、普段自分一人では到底用意できないほどの種類の野菜が使われていました。外食のランチでもなかなか出会えないような、優しく、「毎日食べたい」と思うような味がしました。
中でも印象的だったのがパスタです。UNISGの卒業生がコペンハーゲンで立ち上げた「Wasted」というプロジェクトからこのイベントのために届けられたもの。世界で最も廃棄されている食品の一つである「古くなったパン」から作られたパスタです。彼らはラーメンも作っているそうで、ぜひいつか食べてみたいと思います。

3, 同じスープを分け合うということ 遠くまで響き渡る『Bella Ciao(さらば恋人よ)』の大合唱。会場では大勢の人が食事を楽しみ、DJの音楽に包まれながらビールで乾杯している。偶然出会った友人とハグを交わし、隣に座った見知らぬ老夫婦とも自然と会話が生まれる。
そこには、私が抱いていた「チャリティーイベント」のイメージを覆すような、「楽しむ心」と「愛」がありました。彼らにとって食品ロス削減は、単なる環境問題ではありません。
「不格好な」野菜を捨てないことは、農業労働者や移民を含めた、誰一人として社会から排除しないという「ケア」の姿勢の表れです。多様な人々が一つの鍋を囲むこと自体が、民主主義の実践でもあります。
「誰でも無料でお腹いっぱい食べられる」ーーそれは単なる炊き出しではありませんでした。
「同じものを食べ、同じ歌を歌うことで、私たちは一つになれる」という、イタリア人が古くから大切にしてきたコミュニティの原点そのもののように感じられました。
そして「まるごと食べる(Whole Foods)」というエコロジーは、社会の全体性を取り戻し、命のプロセスそのものを愛すること。このスープは、その象徴でした。
「ゴミ箱ではなく、お腹を満たそう」
世界では食料の30%が廃棄され、それが温室効果ガスの6%を占めています。
しかし、Disco Soupは、その解決策がこんなにも楽しく、美味しく、愛に満ちた形で実現できることを教えてくれました。
地元の食材を使い切ること、旬の始まりから終わりまで味わい尽くすこと、そして誰かと食卓を分かち合うこと。「ブロッコリー」から始まった私の気づきは、自由を味わう一杯のスープへとつながりました。
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