その土地を食べる:「重なり」としてマントヴァを食べる
LOST IN TRANSLATION: LIFE OF A JAPANESE GIRL IN ITALY
マントヴァという北イタリアの街で、夏の一ヶ月間インターンをする機会を得た。この街で一番好きな景色は、滞在している家から中心部へ向かう途中、サン・ジョルジョ橋(Ponte di San Giorgio)から見る風景だった。

サン・ジョルジョ橋に差しかかると、それまで続いていた陸の世界が途切れて、視界の両側が湖に囲まれる。その向こうに、水に浮かぶような街が現れる。低く広がる水面の先に宮殿や城、教会の輪郭が見えるのが、まるで映画のワンシーンのようで、何度通っても見惚れてしまう。
私がマントヴァを面白いと思う理由
① 古代から都市が継ぎ足されてきた
マントヴァを歩いていると、大きな広場や道が何度も現れ、街の中心が一か所ではなく、いくつもに分かれているような感覚がある。実際、マントヴァは古い街をすべて消して作り直したのではなく、前の時代の都市の上に、次の時代が描き足されながら外側へと広がっていった。だから歩いていると、違う時代が同じ街の中に重なって残っている。それが、マントヴァを歩く面白さの一つだと思う。
② その街に、ゴンザーガ家が文化を重ねた
マントヴァには、何世紀にもわたって街を治めたゴンザーガ家という公爵家がいた。周辺の大きな政治勢力のあいだにありながら、マントヴァでは独自の宮廷文化が育まれた。ルネサンス期には芸術家や音楽家が集まり、街そのものが政治や文化を表現する舞台になった。同じロンバルディアにあっても、他の都市とは少し違った空気が残っているように感じる。
③ 水に囲まれた要塞都市
私は、普段大学生活を送っているピエモンテから、パダーナ平原を東へ横切るようにしてマントヴァへやって来た。

この街を囲む水を地図の上でたどってみると、北のガルダ湖へと行き着く。そこから流れ出すミンチョ川は、マントヴァ周辺で湖や湿地をつくり、その先でポー川へと合流する。ただ、この水辺の風景は、自然だけがつくったものではない。12世紀末には水利工事によってミンチョ川の水が調整され、現在の3つの湖につながる水域がつくられた。水は都市を守るための要塞となり、同時に農業や交通にも利用されてきた。 現地のパンフレットに、「Fra terra e acqua――大地と水のあいだ」という表現があった。まさに、水が街の形をつくった一方で、人間もまた、自分たちの暮らしに合わせて水の形を変えてきた街なのだと思う。
④ 大きな政治・文化圏の「あいだ」にある
マントヴァは行政上はロンバルディアに属しているけれど、地理的にはヴェネトやエミリア=ロマーニャにも近い。ポー川やパダーナ平原という大きな食文化の基盤も、周辺の地域と共有している。だから、食べ歩いていると「ん?これ、前にも別の場所で食べたな?」なんて料理によく出会う。特に、以前記事に書いたエミリア=ロマーニャ [‘Eating the land: Emilia-Romagna]とは、豚肉やチーズをはじめ、畜産を背景にした食文化に重なるところが多い。 ただし、マントヴァの面白さは、単純に「境界にある」ことだけではないと思う。「周辺の地域とこれだけ多くのものを共有しながら、何がマントヴァらしさをつくっているのだろう。」その答えを探すように、自分が食べたマントヴァの郷土料理を一つずつ辿っていくと、街の外へ、州の外へと、どんどん視野が広がっていった。その先に見えてきたのが、ポー川とパダーナ平原だった。
① Riso alla Pilota:「水を引く」

マントヴァ出身の友人に「Risotto alla pilotaを食べたいんだよね〜」と少し知ったかぶりして話したら、「Risottoじゃなくて、あれは riso だよ。僕たちにとっては別物なんだ」と言われた。なに、そんな区分けがあったの!?
マントヴァ周辺は米どころで、Vialone Nanoという品種が栽培されている。Riso alla pilotaは、もともとpilaと呼ばれる精米所で働く職人、pilotiが食べていた料理だという。
地元の人に教えてもらった仕上がりの言葉は、“asciutto e sgranato”(水分が少なく、一粒一粒がほぐれている)。リゾットのように米を混ぜ続けて乳化させるのではなく、決まった量の水で炊いて蒸らすため、炊き上がった米は一粒一粒がしっかり立っている。実際に食べてみると、うん、かなり肉々しい。Salamella Mantovanaという豚のソーセージがごろごろ入り、グラナ・パダーノの脂とコクも加わる。硬めで粒の立った米に豚とチーズの脂が薄くまとわりついていて、クリーミーなリゾットとは全然違う。なんだか炒飯みたいだ。フォークではちょっと食べにくい。笑 なんというか、エネルギーを一皿に閉じ込めたような料理だった。
マントヴァ周辺の平野では、水を引いて水田をつくり、米を育ててきた。そこに、この平野で育った豚と、牛の乳からつくられたチーズが加わっている。水田、養豚、酪農。別々に見えていたパダーナ平原の風景が、一皿の上で再会していた。
② Luccio in Salsa:「水から獲る/水で運ぶ」
マントヴァで食べてみたかった料理の一つが、Luccio in Salsaだった。 Luccioは日本語でカワカマス。ミンチョ川や湖に生息する淡水魚で、茹でた身をアンチョビやケッパー、パセリなどのソースと一緒に食べる。面白いのは、淡水魚なのに、ソースには海から来たアンチョビが入っていること。淡水だけで完結させないんかい!と思った。笑食べてみると、身は驚くほどほろほろで柔らかい。塩気と酸味のあるソースが柔らかな魚の味によく合って、全体のバランスが最高だ。

マントヴァ出身の友人が大好きだというrisotto con i saltareiも、地域の小さな淡水エビを使った料理だ。ほかにもナマズやウナギなど、この辺りでは水辺の生き物が食べられてきた。魚料理というと、私はどうしても地中海に面した南の方の「The イタリア!」な海辺を思い浮かべてしまう。でも、ここで出会ったのはそれとは違う、平野の中の魚文化だった。
さらに街を歩いてみると、その魚文化が食卓に届くまでの仕組みも残っていた。Pescherie di Giulio Romanoという、かつての魚市場だ。16世紀に設計された建物の下には、マントヴァの湖をつなぐRioという水路が今も流れている。湖に魚がいるだけでは、食卓には届かない。湖で獲る。水路で運ぶ。市場で売る。そして人が食べる。水は魚を育てるだけでなく、魚を街へ運ぶ道にもなっていた。

③Tortelli di Zucca:「土地がつくり、人間が味をつくる」
マントヴァの地元の人に「郷土料理といえば?」と聞くと、まず名前が挙がるのがこのTortelli di Zuccaだ。詰め物パスタには珍しく肉が入っていないため、肉を食べないクリスマスイブの食卓でも馴染み深い存在だ。

最初に食べたとき、「甘い!なんか杏仁みたいな味がする!」と感動した。パスタの中にはかぼちゃにアマレッティ(アーモンドのクッキー)、モスタルダ(果物をマスタードとシロップに漬けたもの)、ナツメグなどが混ぜ込まれ、そこにグラナ・パダーノとバターの塩気とコクが重なる。甘くもあり、しょっぱくもある。日本のイタリアンではなかなか出会わない味ナンバーワンなんじゃないかと思う。笑
だからこそ、「なぜこの地域の人は、かぼちゃをこんな味にしたのだろう」と気になった。かぼちゃが豊かに育つ理由なら、ここまで見てきた環境からある程度説明できる。暑い夏、河川がつくった肥沃な土壌、そして水を引き、排水しながら人間が整えてきた農地。でも、なぜそのかぼちゃをパスタで包み、アマレッティやモスタルダと合わせようと思ったのか。ここから先は、自然環境だけでは説明できない。
そこで、最初に触れたゴンザーガ家の存在がもう一度見えてくる。宮廷では、芸術や建築だけでなく、料理もまた、自分たちの富や洗練、外の世界との交流を表現するものだった。かぼちゃ、アマレッティ、モスタルダ、スパイス、チーズ、バター。土地で育ったもの、人間が加工したもの、外からやってきたもの。異なるものが、一つのパスタの中に包まれている。Tortelli di Zuccaを食べていると、土地が「何を食べられるか」をつくり、人間が「それをどう食べるか」をつくるのだとわかる。この甘さ、塩気、酸味、スパイスが重なる不思議なコントラストは、とてもマントヴァらしい味だと思う。
④とうもろこし畑の風景
マントヴァから別の街へ向かう電車やバスに乗っていると、車窓から一面のとうもろこし畑が見えることが何度もあった。ある日、近くの町からマントヴァへ帰る途中、さっきまで私はミンチョ川がつくる湿地の上をボートで進んでいたのに、少し離れただけで、今度は広大な畑が広がっていた。

でも、水がなくなったわけではない。見えなくなっただけで、この平野の下や水路にはちゃんと水が流れている。灌漑によって水を農地へ引き、広い平野で作物を育てている。
そして、このとうもろこしは人間が食べるだけではない。家畜の飼料にもなり、牛や豚を介して肉や牛乳、その先のチーズにもつながっていく。そう考えると、車窓から見えていたあのとうもろこし畑も、マントヴァの食卓につながる大事な風景の一つだった。

「縦に流れる水」と「横に広がる水」
日本で水と食べ物の関係を考えるとき、私はどちらかというと「縦に流れる水」を想像する。山に降った水が川となって平野を通り、海へ向かう。魚や野菜も、できるだけ新鮮なうちに食べることに価値が置かれることが多いから、「この海で獲れた魚が、この土地の食卓にのる」というように、生産地から食卓までの線を比較的短く、目で追いやすい。
一方、マントヴァで私が見てきたのは、「横へ広がっていく水」だった。水は川を下るだけでなく、留められ、分けられ、水路を通して広い平野へと引かれていく。そして、その水が米やとうもろこしや小麦を育て、牛や豚を育て、その先の肉や牛乳、チーズへとつながっていく。ここでは、一つの食べ物を辿ろうとすると、目の前の土地だけでは終わらない。別々の料理や風景を見ていたはずなのに、辿っていくと、それらが同じ平野の上で横につながって見えてきた。
マントヴァは、周辺の都市とポー川やパダーナ平原という大きな基盤を共有している。それでも、同じものから同じ食文化が生まれるわけではない。今回マントヴァで料理を一つずつ辿ってみて気づいたのは、土地の個性とは、そこにしかないものを探すことではなく、他の場所とも共有しているものが、その土地でどのようにつながり、重なってきたのかを見ることなのかもしれないということだった。そして、その独自の重なり方こそが、私がマントヴァに惹かれた理由だったのだと思う。 私たちの旅をフォローしてください:@movimento.metropolitano.



